社労士事務所 オフィス西岡

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障害年金を獲得された方々からの声

疾病名:うつ病

  • 相談者:HO(男性)
  • 年齢(相談時):49歳
  • 認定結果:認定日3級・請求日2級
  • 住所:八尾市

ご相談内容

西岡先生は私の勤務先の顧問をされているので、以前から信頼できる先生だと知っておりました。
そんな中、私の主人を扶養家族に入れる手続きをお願いする時なぜ主人が働いていないか理由を聞かれ主人がうつ病でここ数年仕事をしていないことをお話ししました。

いろいろお話を聞いてもらっているうちに、西岡先生からうつ病で障害年金を受給できることを聞きました。
この時、先生が気を利かせて理由を聞いてもらわなければ、私はこの制度を今でもまったく知らないままでした。

その後すぐに手続きをお願いすることを決めました。
西岡先生は、わからないことも丁寧に話を聞いて下さり申請手続(診断書依頼・申立書作成等)など、適切なご指導、アドバイスのおかげでスムーズに申請することができました。

その結果、西岡先生のおかげで5年の遡及と2級に認定していただけました。
これは、お医者様への的確な診断書依頼と申告書の内容など障害年金を熟知している西岡先生からの様々な助言が無ければ受給は不可能だったと思います。

あの頃、このまま主人が働けないとこれからの生活はどうなってしまうのだろうと誰にも相談できずすごく不安でいっぱいでした。
しかし、そんな時に西岡先生から障害年金のお話を聞いて、先か見えない真っ暗闇に一筋の光が差した気持ちでした。
お金ですべて解決できる訳ではありませんが、不安をかかえたままの数年は本当に長い時間だったので私の気持ちが救われました。

西岡先生には感謝の気持ちでいっぱいです。
次回の更新の時是非先生にお願いしたいのでよろしくお願い致します。

HOさんの奥様は、当職が開業当初から労務管理のお世話をさせていただいている会社の事務をされています。
なのでお付き合いはもう20年ぐらいになり、会社に伺えば、社長さんよりも多くいろんなお話をしていたのに、、、。
奥様はとても明るい方で、そんな心配事を抱えておられるとは思ってもいませんでした。

診断書の書き換えや、情報開示を請求したりと、審査請求に向けて準備を整えていましたが、医師が結果を変える意思がないことは丁寧な手紙で伺い知ることができ、奥様と相談して、思いとどまることにしました。

審査請求はしませんでしたが、医師がきちんとカルテや申立書を見て、判断されていたことは、とても信頼に足ることだと思料しています。
医師を信頼して治療に専念することは、障害年金を獲得することよりも大切で重要なことだと痛感しました。

疾病名:精神遅滞・自閉症・発達障害

  • 相談者:OU(男性)
  • 年齢(相談時):20歳
  • 認定結果:
    20歳前障害 認定日から障害基礎年金2級
  • 住所:枚方市

ご相談内容

生まれた時は、何の不安もなくよく笑う赤ちゃんでした。
それが歩き出したら片時もじっとしておらず、言葉もいつまでまっても出ずかんしゃくを起こして泣き喚くばかり。
3歳で自閉症と診断されました。

4歳を過ぎてようやく言葉も増え地域の小学校に進みましたが、トラブルやいじめの問題もあり中学高校は特別支援学校へ行かせました。
ここで、周囲の保護者や教職員の方々にしょっちゅう言われていた言葉があります。
「U君は程度が軽いから」「他の子に比べたら楽なほう」息子の何を見てそう判断されるのかはわかりません。
少なくともいつも一緒にすごす親としては将来には不安しかありませんでした。

20歳になり、障害年金の手続きをするために初診から17年も通っている病院に診断書をお願いしました。
17年間に公立病院なので医師も何度か変わっており、その時の主治医はあまり信頼関係も出来ておらず、その主治医に診断書を書いてもらうことに少なからず不安がありました。
案の定、数分にも満たない診察を受け、3週間まって出された診断書はひどいものでした。
これではとても、障害年金は認定されない。
他のことなら、諦めたと思います。
でも、私たち親が亡くなった後の息子のことを思うと、どうしても諦め切れませんでした。
生まれ持っての障害があり、この先も普通の人のように働くことは不可能な息子。
この子のために、どうにかしてやりたい。
駄目元でも出来ることは何でもしようと思いました。

この時点で、私たち夫婦には障害年金について何の知識もありませんでした。
諦めきれないまま、ネットで障害年金を検索してそこで初めて「社労士の先生に手続きを依頼する」という道があることを知ったのです。
すぐに夫の知人の社労士の先生に相談し、誰か紹介していただけないかとお願いしました。
この先生ならきっといい結果が得られるのでは、と紹介していただいたのが西岡先生でした。

何の知識もない私たち夫婦に西岡先生は丁寧で細やかな指導を下さり、また迅速な対応で手続きを進めてくださいました。
医師に対し不信感があったため別の病院も紹介してくださり、改めて息子をきちんと診断してもらえたことは本当に有難かったです。
すべてを信頼しお任せして、無事認定のお知らせが届いた日うれしくて涙が出ました。
親の力だけでは、到底なしえなかったこと。何もかも、西岡先生のおかげです。

同じように発達障害のため障害年金は難しいといわれている皆様、親御さん、
自分に出来ることには限りがあります。ですがどうか諦めないで。
西岡先生に一度ご相談されることを、強くお勧めします。

息子は有期年金のため、2年毎の更新があります。
もちろん今後も、西岡先生にお願いしたいです。
本当に心から感謝しております。ありがとうございました。
これからもどうか、よろしくお願いいたします。

U君の障害年金が遡って2級と認められ、本当に良かったですね。
懇意にさせていただいている社労士の先生からのご紹介だったこともありますが、ご両親のU君の将来を思うお気持ちに、必ずお答えしなければと思いました。
心無い周りの人たちの言葉は、親にとっては行き場のない怒りや悲しみになります。
子供の将来を思わない親はいません。
まして障害を持ち、普通に暮らせない子供のことを、自分たちのいなくなった後のことを思うと、普通ではいられないはずです。
そんな親御さんの、少しでも励みや心の手助けになればと、子を持つ親として出来る限りのことはしようと誓いました。
初めはお父様からのご連絡でしたが、手続きが進むにつれて、お母様がお忙しい父親に代わって手続きの手助けをしていただきました。
ご家族一丸となって突き進んでいった成果だと思っています。
更新のお手続きもお手伝いさせていただきます。
それまで、お元気でお過ごしください。

疾病名:陳旧性脳梗塞

  • 相談者:HK(男性)の義姉
  • 認定結果:事後重症 障害厚生年金1級
  • 住所:守口市

ご相談内容

西岡先生、この度は障害年金取得の件で大変お世話になりました。
西岡先生のお力添えのおかげで1級を取得することができ、本人(義弟)も義母、そして主人も私もとても喜んでおります。

義弟は(46歳)は、朝から調子が悪いのに無理して仕事に出かけ、仕事中に脳出血で倒れてしまい、左半身がマヒし、障害者手帳1級となりました。
M病院で手術をしました。そこは、急性期と回復期の治療を兼ねている病院でしたので、そのままリハビリを続けていたのですが、回復期病棟が無くなるということで、T病院に転医しました。
その後退院となりましたが、薬は一生続けなくてはなりません。
そのままT病院での治療を希望したのですが、「もしもの時の対応ができない」ということで、結局M病院に戻ることになり、2~3か月に一度の受診となりました。

病院の都合とはいえ、何度も転院を繰り返していたので障害年金を手にすることは難しいと主人の会社に来られている社労士さんにお聞きし、その社労士さんから「障害年金を専門でされている西岡先生にお任せすれば心強いよ。きっと力になってくださるよ」と紹介していただきました。

うまく書けませんが、病院側に日付のお願いをしたとき、病院側は頑として受け入れてくれませんでした。
主治医が「いいですよ。書きますよ」と言ってくれたにもかかわらず診療情報管理室という書類を管理しているところが「無理です」の一点張り。
何も悪い事や嘘をついてくれと頼んでいるわけでもないのに、私は意味がわかりませんでした。
そのため西岡先生は何度も何度も病院とやり取りをしてくださり、そのおかげで1級という認定を受けることができました。

西岡先生、本当にありがとうございました。
私では到底無理であったこと、1級なんて取れるものではなかったと実感した瞬間でした。

次回の更新は2年後です。
その時にはまた絶対に西岡先生にお願いしたいと思っています。
また、よろしくお願いたします。

A美さん(義姉)1級獲得本当に良かったですね。
傷病手当が終了した時からの請求ができればもっと良かったのですが、病院側の頑なな思い込みにより、数か月とは言え事後重症になってしまったこと、とても残念です。
医師の確認も取ってのことだったので、病院側の態度は誰に対してのものか当職も訳が分からず、苛立ちと腹立たしさだけが残りました。
実際に受診している日付を訂正してもらうだけのことが、なぜできないのか?
病院が不利益になるものでもないのに…。
障害年金は、まだまだしっかりと理解されていないということがわかりました。
不利になるのは、依頼者です。
そんな方たちのために、頑張ろうと改めて思いました。

今回の案件は、突然、本会の元会長のO先生から「障害年金で助けてあげてほしい人がいるんですが・・・」とお電話をいただきました。
お久しぶりにお話しするO先生はいつも通り穏やかではありましたが、先生のメンツをつぶすわけにはいかないので、いつも以上に気合は入っていましたが、2級以上という気持ちはどんな方にも同じです。
でも、1級が取れて本当に良かった。
ご家族が喜ばれている様子が、お手紙から見て取れてとてもうれしく思いました。

疾病名:うつ病

  • 相談者:RH(男性)
  • 年齢(相談時):38歳
  • 認定結果:20歳前障害 事後重症2級
  • 住所:大阪市

ご相談内容

障害年金という言葉は過去に聞いた事はありましたが、どのようにすれば受給決定されるのか、分からない事が多くありました。
今回自分も取得できるようになり、それまでの経緯を書かせていただこうと思います。

自分は今、38歳です。
二十歳前にうつ状態になり、初めて心療内科を受診しました。
そして、社会に出てはうつ状態になるのを繰り返していました。
「もう健常者として働くのは厳しい」と覚悟を決め、障害者手帳を37歳の時に取得し、手帳を利用して、就労支援事業所で働いていましたが、どうしても生活ができる程の収入を得ることができず、かといって一般企業でフルタイム勤務するとまた悪化すると思い、とても悩んでいました。
主治医の先生に相談したところ、障害年金を勧めていただきました。
申請方法がわからないというと、社会保険労務士の西岡先生の事を教えていただきました。
電話すると申請についてどのようにすれば良いかなど、とても丁寧に教えていただきました。
ほぼ全て代理で行ってくれたので、自分がした事といえば「申立書」を書いたくらいだったと思います。
申請してから審査に3か月程かかるといわれ、その間とても不安でした。
理由は、自分の場合、初診日が二十歳前だったので、障害厚生年金は対象外で、障害基礎年金2級でしか障害年金をもらうことができなかったからです。
結果が出るまでのこの3か月、本当に生活も苦しく精神的にもつらかったです。
先生からの「障害基礎年金2級の受給が決定しました」との電話は、一生忘れる事はありません。
障害年金は偶数月に2か月分が振り込まれる仕組みです。
まだ3月なので生活の厳しさは変わっていませんが、来月から少しだけ生活が楽になりそうです。
正直、もし障害年金が受給できなかったらどうなっていたかと思うと怖いです。
本当に障害年金を勧めていただいた主治医の先生、そして西岡先生に感謝しております。ありがとうございました。

RHさん、2級獲得本当に良かったですね。
精神科の先生からのご紹介で、子供の頃から少し吃音があり、それが原因で高校生のときに初めて精神科を受診されました。
カルテは既に廃棄されていて、何とか初診証明は取れたものの、認定日診断書は取ることができずとても残念でした。
現在は親御さんに迷惑はかけたくないとの思いから一人住まいをされていますが、就労支援で勤め始めたところへもなかなか思うように出勤することができず、少しでも心静かに生活ができるようにとの思いからお力になりたいと痛感しました。
現在の病状については、ご紹介いただいた先生が病状にあったとてもいい診断書をお書きいただけたので、心配はしていませんでした。
ただ、お一人住まいでしたので、その理由を社労士からの申立てとして記載したものを一緒に提出し、2級獲得に繋がったのではないかと思っています。
ご自分で提出された場合、第3者からの意見はなかなか考えが及ばないと思います。
ご家族や近親者以外で請求人の病態や状態を知っている者からの申立ては結構威力があると考えています。
これからも必要と思えばどんなものにでも当たってみようと改めて思いました。

疾病名:てんかん

  • 相談者:MI(女性)
  • 年齢(相談時):41歳
  • 認定結果:認定日から障害基礎年金1級
  • 住所:京都府福知山

ご相談内容

西岡先生、障害年金取得の件で、大変お世話になりました。
先生のご指導のおかげで1級を取ることができ、本当に私がいただいていいのかびっくりしています。

1級獲得ってすごい事なんですね。
障害者手帳も作れるとわかり、今手続きをしていますが、市役所の方も「5年も遡れて1級とれるなんて、依頼した事務所の先生が、本当に良かったからやで」って言われました。

私は、脳腫瘍になり、その後遺症で「てんかん」になりました。
近所の方や本当にたくさんの方に協力してもらいながら、子育てや主婦を頑張っています。
昨年の春までは障害年金があることすら知りませんでした。
たまたま何かで知って、ネットで調べて先生に電話をしたところ、とても丁寧に私の話を聞いてくださり、こんなにすごい1級という障害年金を受け取ることができました。

障害年金についてもっと日本中の人に知ってもらえるようにしてほしいです。
私と同じように障害年金のことで迷ったり、困ったりしていらっしゃる方、ぜひ西岡先生に相談してみてください。
きっと先生は一生懸命にしてくださいます。

先生、本当にありがとうございました。

MIさん、1級獲得本当に良かったですね。
当職もまさか1級とは思ってもいませんでしたので、ご連絡をいただいたときにはちょっと信じられませんでした。
5年間の遡及、ご主人と子供さんの加算もあり、治療に専念できるだけの原資ができて本当に心強く思っていただけたことと思います。

突然の意識障害で周りの人を巻き込まないために、きちんとご自分の病状をお友達や行きつけのお店などにも伝え、緊急の処置ができるようにされていることはとても素晴らしいことで、そんな点も考慮されたのだと信じています。

障害は厄介なことですが、恥じるべきものではありません。
周りの人たちの理解と援助で、今まで通りの生活に近いことはできるはずです
それを支える金銭面の助けが障害年金だと考えています。

いろんな病気があって、いろんな症状がある。
本当に国に知ってほしいことです。

疾病名:うつ病

  • 相談者:TM(女性)
  • 年齢(相談時):40代
  • ご依頼内容:基礎年金2級更新請求のご依頼
  • 住所:大阪市

ご相談内容

西岡先生、お元気にされていらっしゃいますでしょうか?
昨年は、私の障害年金2級取得の件で、大変お世話になりました。
T先生は年金取得に協力してくれない、E先生は社労士さんと話すらしないという厳しい状況の中、西岡先生のご指導のおかげで障害年金2級を取得することができたことは、私にとって一生忘れることのできない記憶となっております。
先生のお力がなければ私と、私の家族は破たんしていたと思います。
本当に、ありがとうございました。

現在の私の状況は、相変わらず「うつ状態」には変わりなく、家事も普通にはできず、主人や実母、叔母に助けてもらっています。
でも、西岡先生に言われたこと、「昼夜逆転を正すこと!!」これは、努力してきました。
毎日とは言えませんが、子供たちや主人に「いってらっしゃい」と言えるように本当に頑張っています。
少しずつですが、慣れてきました。

今回、西岡先生にお手紙を差し上げたのは、障害年金の更新のお願いです。
是非とも先生にお願いしたいのです。
私はとても働ける状態ではありませんし、更新できるのか不安でたまりません。
西岡先生に、更新の時はずっとお願いしたいのです。
先生だけが頼りです。
どうぞお引き受けいただけますようよろしくお願いいたします。

TMさん、お便りありがとうございます。
もう更新の時期がやってきたのですね。
もちろんお引き受けさせていただきます。

更新は「障害状態及び生計維持確認届」という書類で、診断書になっています。
裁定請求時のようにいろんな書類を提出することはなくこの診断書1枚です。
とても簡単なので、ご自分でされる方も多いのですが、最近は降級したり支給停止になったりすることが多いようで、新聞でも話題になりました。
簡単だからといっても、内容は同じ診断書です。
書いていただく医師には、しっかりと今の病状を知ってもらわなければなりません。
ご自分でされる場合は、やっぱりここの部分が抜けているようで、通院されている比較的元気な時の様子を書かれてしまい、実際の家庭での様子を医師に伝えきれていない場合が多いようです。

TMさんが、「昼夜逆転の生活は、できるだけ早く元に戻した方がいいですよ」と言った私のことばをきちんと聞いていてくださったことは、とてもうれしく思います。
朝起きてきちんと朝日を浴びることは、体内時計を元に戻す一番の薬です。
夜寝られないからと言って、昼間に寝てしまうのは、悪のスパイラルに陥ってしまう最大の元凶です。
しっかりご家族に「いってらっしゃい」を言ってあげてくださいね。

疾病名:うつ病 アルコール依存症

  • 相談者:MA(男性)
  • 年齢(相談時):30代
  • 認定結果:認定日から障害厚生年金2級
  • 住所:吹田市

ご相談内容

私は、平成25年1月頃から会社の長時間労働から心身不調になりました。
酷い時には1週間も泊まりになり帰れないこともあり、上司や同僚の助言で精神科を受診することになり、「うつ病」と診断され、すごいショックを受けました。
次第に出社することはもとより、外出さえもできなくなり、会社を退職するところまで行ってしまいました。

退職後1年6か月間は、健康保険の傷病手当金をもらい生活していました。
傷病手当金が切れてからは、幸い実家暮らしだったため両親に面倒を見てもらっていましたが、両親も定年退職し金銭的に苦しくなってきていました。

当時私は、障害年金のことは知っていたのですが、精神の不調の場合は、入院しているような重篤な患者さんしかもらえる権利がないと思っていました。
また、傷病手当金とは違い、手続きが非常にややこしく、家で半分寝たきりの私には到底無理だとあきらめておりました。

あるとき主治医の先生に私のケースでも障害年金を受ける権利があるか尋ねたところ、解答は「ある」ということだったのですが、手続きがややこしいということを言われました。
その時に障害年金の専門家である社会保険労務士に頼んでみてはどうかといわれ、西岡先生を紹介していただきました。

翌日すぐに西岡先生からお電話をいただき、当時寝たきり状態だった私の現状を優しく聞いていただき、すごくホッとしたのを覚えております。
手続きに必要なものも年金手帳のコピーぐらいですぐに用意できるものばかりでした。
必要書類を先生に送付すると、後はすべて先生にお任せし、後は私は何もすることなく手続きが終了し、障害年金2級を取得することができました。

また、過去5年間さかのぼることもできその分の年金も支給されました。
正直、西岡先生にお願いしていなければ、手続きはおろか、自分で手続きをしていても障害年金2級は取得することはできなかったと思います。
途中であきらめていたかもしれません。
後で調べてみたのですが、障害年金3級だと、厚生年金のみで基礎年金はもらえていなかったことがわかりました。

今では金銭的に余裕ができ、精神的にも少し楽になり、前にもまして治療に専念できるようになりました。
すべて西岡先生のおかげです。
この度は、親切でスピーディなご対応、本当にありがとうございました。

MAさん、2級獲得、本当に良かったですね。
医師のK先生からのご紹介で、お電話をしたのですが、初めは少しぶっきらぼうでどこか投げやりな感じがしました。
ご両親に迷惑をかけていることや、自由にならないご自身に怒りや諦めの感情を見て、どうにかしてお力になりたいと感じました。

進めていくにつれ、初めの印象とは違い、MAさんは当職の言うことをきっちりと聞いてくださり、とても素早く反応されるので、書類提出まで早く進めることができました。
ただ、途中にアクシデントがあり、かなり驚いたこともありました。

認定日まで遡及され、結果も早く出たこともあり、治療に専念していただけることをとてもうれしく思っています。
同じ失敗を繰り返さないように、本当に頑張ってくださいね。

疾病名:うつ病 PTSD

  • 相談者:IC(女性)
  • 年齢(相談時):30代
  • 認定結果:認定日から障害厚生年金2級
  • 住所:大阪市

ご相談内容

私は、子供の頃の母の虐待で、中学一年生の頃に過呼吸や身体の不調がでて、身体か明らかに辛くおかしいのに病院にも連れて行ってもらえず、辛い思いをしていました。

休みがちながらも中学高校と通い、社会人になりましたが、毎日8時から5時までその場に居るのに精いっぱいで、仕事も精力的に出来ず、休日はぐったりしている状態でした。

その頃は、自分の身体のしんどさを治そうという考えも浮かばずただただ耐えているだけでしたが、友人の忠告で精神科の分野かもしれない、と思い精神科に通う様になったのが、16年前でした。

しかし、働くのは辛く、母の呪縛から逃げるために、姉と二人暮らしを始め、姉が結婚した後は会社の寮に入り、何とか実家に帰らず暮らせるように頑張っていましたが、身体がやはり辛く、薬を飲んでいる事で居眠りなどが出てしまい仕事にならなくなり、ドクターに休職するよういわれ、3か月間休職しました。
3か月休んでいると大分元気になり、働きにまた出るのですが、また体調不良になり 働けず休職を繰り返しました。

ドクターには退職を勧められましたが、退職すると寮を出なければならず実家に戻りたくないので、がまんして勤め続けていました。
とうとうそれも叶わなくなり、追い込まれ自殺未遂をしてしまい、それが原因で寮に居る事が許されなくなり実家に戻され、理解してくれない母と毎日顔を合わせ、どんどん体調は酷くなり、その頃の記憶も今は殆どなく、逃げる様に結婚をして実家を離れました。

結婚をして大分状態は良くなったのですが、全く薬なしでは生活出来る様子もなく、すぐ疲れてしまい、寝込むことも多く、遊びに行っても疲れると寝込んでしまいました。
リフレッシュに遊びに行くこともあまりしたく無く、家計が苦しくて、働くことも考えてみましたが、どう考えても定期的に拘束される時に体調が良いとも限らず、働くのは到底無理だと思い「障害年金がもらえたら、良いのだけど…」と思う様になりました。

自分で年金事務所に行って、年金の事を教えてもらい、初診日認定日がしっかりしないと駄目だと言われました。
精神科の初診日は覚えていましたが、その時にほかの病院のことも言ったらしく、初診日が精神科ではないといわれました。
精神科にかかる何年も前の事だったので、どこが初診日かわからなくなり、認定日がどうなるのかもわからなくなりました。
認定日には精神科にまだ通ってない、現状だけで判断してもらえるようにするしか無いのか…と思い、精神科のドクターに相談すると、躁うつ病か統合失調症の人じゃないと年金が下りないから診断書は書けない、と言われてしまいました。

やってみて駄目なら納得いくのですが、何もやらないうちに駄目だと言われてしまい、転院を考えて、今の病院にたどり着きました。
ドクターは良く相談に乗って下さり、でも、多分私の場合、1人で年金をもらうのはかなり難しいと思い、ドクターに障害年金を取れるようにしたいので、社労士事務所を紹介してくださいと言った所、西岡さんの事務所を紹介してもらいました。

西岡さんは親身に相談にのってくださり、「最後まで取れるまで頑張りましょう!」と言われ、少し希望が湧き、これで無理だったらあきらめもつく。
私の場合せいぜい貰えても5年遡っての支給は無理だと思うし、貰えても3級がせいぜいだろう、と思っていたのですが、西岡さんが本当に良く精力的に働きかけてくれて、なんと5年3級で遡る事が出来、現在は2級の診断が下りました。

1人では到底無理でした。
本当に西岡さん相談に乗ってもらい、頼んで良かったです。
このサイトを見て、自分は無理かもしれない、でも年金がもらえたら!と考えてる人が居るならば、西岡さんに相談してみて欲しいと思います。
成功報酬という事で、とても安心でしたし、1人ではやはり限界があります。
年給に対し詳しくないですし、どう書いたら年金が取れるかなどのノウハウは何もありませんから良いように軽くあしらわれてしまうと思います。
自分も知識がないので相手の言う事を鵜呑みにしがちです。
自分で難しいと感じたらやはりプロにお願いするのが良いのだと思います。

この場を借りてですが、本当に西岡さんに頼んで良かったです。
大変感謝しています。
ありがとうございました。

ICさん、2級獲得本当に良かったですね。
子供の頃の家庭環境をお聞きしているうちに心が苦しくなってきました。
何とかして、お力になりたいと思いました。

幸いご主人の理解もあり、ご病気とお二人で向き合いながら今は幸せにお過ごしです。
ここに障害年金という経済的な援助があれば、病気も早く治癒されることも夢ではないかもしれません。

初めの結果は、認定日から3級ということでしたが、永年の経験からきっと2級の改定があると思っていました。
結果的には、2級に改定されてはいましたが、申請日からで認定日からではありませんでした。
当職としては、審査請求して、是非とも認定日から2級を取っていただきたかったのですが、「3級でも取れたのでもうこれ以上望まない」と言われたので、残念ながら審査請求はあきらめました。
お決めになるのは、ご本人です。
当職は、そのために精いっぱい頑張るだけです。

疾病名:うつ病

  • 相談者:KH(女性)
  • 年齢(相談時):50代
  • 認定結果:支給停止から元の状態で支給再開
  • 住所:八尾市

ご相談内容

12月に突然、障害年金の支給停止の知らせを受け、現実を受け止められず途方に暮れ、ひどかったうつ状態が余計に悪化し、2日間動くこともできずに寝込んでいました。

いろんな理由から、実家に帰れる状態ではなく一人暮らしで、家賃という大きな負担を背負っており、障害年金を打ち切られるということは生活自体が成り立たなくなってしまうほど、本当に大きな問題でした。
苦しい中耐えながら生活のため休みがちながらも何とか仕事を続けていましたが、給料は最低限しかもらえず、生活を続けるには借金を重ねる他ありませんでした。

私の実家は八尾市にあり、当初通院していた今のクリニックには引越しをしたため通うことができなくなり、他の心療内科に通っておりました。
そこで書いてもらった更新のための診断書が最悪で、西岡先生も、「この診断書では、健常者とみなされても仕方がない」と言われました。
いろいろ考えてまた元のクリニックを訪れ、先生にありのままを報告すると、西岡先生をご紹介くださいました。
西岡先生は、「今の状態をしっかり、申し立てましょう」と言ってくださり、「少し厳しいかもしれないが、精いっぱい頑張っていきましょう」と励ましてくださいました。

決定まで3か月ほどかかり、その間ハラハラと落ち着かない毎日が続きました。
送られてきた封書の中には、支給再開の文字があり、本当に本当にうれしい気持ちでいっぱいになり、西岡先生にすぐお礼のお電話をさせていただくと、先生も心から喜んでくださいました。

今回のことで、私はひしひしと正しい病院選びと、力のある社労士の先生選びがどれだけ大切なことか、思い知らされました。
クリニックの先生と西岡先生には心から感謝しております。
西岡先生の精いっぱいのお力添えのおかげと心から感謝いたしております。

障害年金のことで迷ったり、困ったりしておられる皆様も、どうかあきらめずに、西岡先生を信頼して一度ご相談されてはいかがでしょうか?

KHさん、支給が再開されて本当に良かったですね。
KHさんをご紹介いただいたクリニックのK先生は、ある社労士の先生からのご紹介で、障害年金を引継がせていただいた先生でした。
見せていただいた提出した書類は、到底年金をもらえるレベルのものではありませんでしたが、ご紹介いただいたということは、その後K先生のクリニックで、そんな状態ではなかったことがわかり、私に託されたのだと思いました。
一番のネックとなるのは、お仕事をされていた点だと確信し、その業務内容や仕事をしている理由などを事細かくお聞きしたあと、しっかりと申立書を作成して国に訴えることにしました。
障害年金を請求される方の中には、障害とともに仕事をしなければ生活できない状態の方もおられます。
「仕事をしていることを障害年金不支給の理由としないこと」という通達まで出ているにもかかわらず、実際は、仕事をしていることで等級が下がることもよくあることです。
更新の手続きは、最初の請求のようにややこしくはなく、現在通院されている医師に診断書を書いてもらうだけです。
なのでほとんどのみなさんは、ご自身で提出されます。
医師が、日常生活のことにまで触れてしっかりと記載されているのならともかく、ほとんどの場合、比較的元気に通院している状態しかご存じでないこと、またそれをもとに診断書を書かれているという現実。
それをご本人もしっかりと自覚していないと今回のようなことが起こるのです。
今のご自宅からは遠いですが、K先生のクリニックでしっかり病気を治されることを祈っております。

疾病名:うつ病

  • 相談者:YT(男性)
  • 年齢(相談時):30代
  • 認定結果:認定日から基礎年金2級
  • 住所:大阪市

ご相談内容

会社で毎月200時間以上の残業を強いられ、疲労と睡眠不足がひどくなり、次第に仕事でも無気力になりミスを犯すようになり、心療内科を受診したところ、うつ病と診断されました。
会社の上司は、激務でうつ病まで発症した私をいたわるどころか、逆に仕事のミスを厳しく叱責し、顧客の前で私を怒鳴る、机を叩く、書類を投げ付けるなどのパワーハラスメント行為まで行って私を追い詰めていきました。
労働基準監督署や無料弁護士相談会にも行きましたが、法律の条文を機械的に当てはめるだけで、一切力になってくれませんでした。
結局、その上司に会社を半ば強制的に退職させられ、私は職を失いました。

再就職先を探しましたが、うつ病を悪化させて他人とのコミュニケーションを取るのも困難な状態になっており、面接でことごとく不合格になりました。
そのうちに失業保険の給付も切れ、完全に無収入の状態になってしまい、蓄えもなく、収入の見込みもないことが精神的負担となり、私はますますうつ病を悪化させていきました。

そんな時に思い出したのが、障害年金の話でした。
しかし、私は以前、独力で申請したのですが不支給の通知を受け、また区の社会保険労務士の相談会で、「あなたの場合、過去に遡れませんので、大した金額は支給されませんよ」と言われていたこともあり、半ばあきらめていました。

そんな時に、私の現在の主治医から、西岡先生を紹介して頂きました。
私は、最後の望みと思い、西岡先生に連絡を取りました。
西岡先生は、お忙しい中、自宅までお越し下さったのです。
西岡先生は、明るく朗らかで、それでいて物事を押し付けるようなことはない優しい先生でした。
「精一杯頑張らせて頂きますので、どうぞよろしくお願い致します」とおっしゃって下さり、私も気が随分楽になりました。
西岡先生は、ほとんど話すこともできなくなっている私の話を一生懸命に聴いてくださいました。

まず西岡先生には、障害年金の申立書の作成につき、丁寧に御指導いただきました。
おかげさまで、独力で申請した時よりも中身が具体的で、私が苦しんでいる様子が分かるような申立書を仕上げることができました。
西岡先生は、申立書を提出するに当たって、主治医に事実確認を行って頂き、一部記録が残っていない中、申立書を万全のものにして頂き、申立書をもとに西岡先生が添削などされた場合には、必ず私に連絡を下さいましたので、安心感がありました。
また、障害年金を申請するに当たって、申立書以外に各種書類が必要なのですが、西岡先生はそれらの必要書類を簡潔にまとめて示してくださったので、必要な書類をスムーズに用意することができました。

西岡先生は、最初に私の自宅に来られてからわずか1か月余りで、迅速に必要書類を社会保険事務所に提出してくださいました。
そして、約2か月後、障害者年金が支給されるとの通知が届きました。
しかも、私が半ばあきらめていた、過去5年に遡っての支給です。
西岡先生に連絡すると、まるで私のことのように一緒に喜んでくださり、また、障害年金は支給決定後も一定期間ごとに診断書等を提出しなければならないので、その後日の件も引き受けてくださるとおっしゃって下さいました。
障害年金が支給され、無収入のプレッシャーから解放されたことから、何とか生きていけそうな気がして、気持ちが楽になりました。

世の中には、専門家というものがたくさんいます。
でも、その中には、労働基準監督署や無料相談の弁護士のように、法律論を語るだけで依頼者の言い分を聞いてくれない人もいます。
また、同じ社会保険労務士でも、区の相談会の人のように「大した金額は支給されませんよ」と言い放つ人もいます。
西岡先生は、依頼した時から障害年金の支給決定まで、終始親身になって、私の障害年金支給を受給できるように、お忙しい中最大限に頑張ってくださいました。
西岡先生にお世話になったからこそ、障害年金を受給することができました。

西岡先生に出会うことができて、本当に良かったです。
まことにありがとうございました。
今後の診断書等の提出でも、引き続きよろしくお願い致します。

YTさん、認定日から遡っての年金獲得、本当に良かったですね。
ご自宅にお伺いすると、ほとんどお父様がお話になられていろいろと説明をしてくださいました。
ご家族もYTさんの将来を心から心配されていることが手に取るようにわかります。

でも実際の原因や病気に至る過程はご本人でないとわからないことがいっぱいあります。
ゆっくりとお話される言葉遣いや単語をお聞きしていると、YTさんはきっと頭のいい仕事のできる方だということがわかりました。
1月あまりの最速で書類が提出できたのも、ポイントをしっかり確認しながら、確実に事を進めていってくれたYTさんご自身の賜物です。

YTさんが私に依頼される前に、専門家に相談されていることは知りませんでした。
あまりいい印象でなかったことは本当に悔やまれます。
その人の立場に寄り添って、一緒に解決していく姿勢は私たち専門家にとって一番大切なことだということを改めて教えてもらいました。

疾病名:うつ病

  • 相談者:TM(女性)
  • 年齢(相談時):40代
  • 認定結果:認定日から基礎年金2級
  • 住所:大阪市

ご相談内容

うつ病になって10年以上も過ぎてしまいました。
最初は環境の変化から食事が全く受け付けなくなり、胃痛・頭痛・めまいなどで起きていられなくなりました。
内科を受診し胃カメラなどの検査を受け、いろんな病院を受診しましたが、どこも悪くないとの結果で、心療内科に行くことになりました。
結果はうつ病と診断され、自分でもまさかという思いでした。
でももうその頃には、自分の身の回りのことも全くできなくなり、実家に帰っていました。
何もできなくなり、身体が動かなくなり、寝込んでしまい自殺ばかりを考える日々でした。
少し調子が良くなってもまた、次の日には動けない。
こんな不安定な状態が続き、将来への不安と何もできない焦りで生きていくことさえつらい毎日でした。

そんな時に、初めて障害年金のことを知りました。
私は働ける状態ではなく、家計はどんどん苦しくなっていきました。
一か八かという気持ちで社労士さんに電話をしてみたのは、2014年の年末でした。
しかし、「年末だから」とか、「あなたの状態では障害年金はもらえません」「大阪は厳しいのであなたのような状態では無理です」等と、3、4件は断られてしまいました。
その時の気持ちは、「ああっ、やっぱり」という感じでした。

最後に願いを託して電話をしたのが西岡先生の事務所でした。
西岡先生の最初の対応は、とても親切でした。
言葉少ない私に「どうされましたか?」「どういう状態なのですか?」と、タイミングを見てうまい具合に問いかけてくださいました。
そして私の状態を理解してくださり、「では書類をお送りしますので、よく読んでください。書類を見ていやだったら断ってもいいですよ。何も心配しなくてもいいからね」と言ってくださいました。
なぜか身体の力が抜けていくようでした。
もう、この先生しかいない、信頼できる、と感じお願いすることに決めました。

西岡先生は、私の住む地域のことに非常に詳しい方でした。
相談していくうちに私の初診の医者は社労士さんをキライ話もろくに聞いてくれず、断ることを知りました。
現在の医者も、社労士という名を聞くと診断書を書いてくれない恐れがあるということを事前に教えていただき、西岡先生は、「大丈夫。方法はいくらでもあるから。私がきちんと書類を見るから」と声をかけてくださいました。
西岡先生の指導の下、きちんと診断書を書いてもらうことができ、申立書もしっかりと書くことができました。
西岡先生にしっかり見ていただき、提出からちょうど3か月目に、障害基礎年金2級を獲得することができました。
送られてきた年金証書を見た時、胸がいっぱいになり涙があふれました。

西岡先生の優しいお気持ちと、書類に全て目を通してくださったことがとても心強かったです。
寝込んでいた時も声をかけてくださり、とても心のある先生です。
感謝の気持ちは口では表せないほどです。
本当にありがとうございました。

私の障害年金は、5年遡りや子供の加算があり、本当に助かりました。
まだ、回復まで見通しの付かない不安定な私を今後ともよろしくお願いいたします。
先生と出会えたことで、私の運命が変わりました。
こころより感謝申し上げます。

TMさん、基礎年金2級獲得、本当に良かったですね。
小さな声で言葉少なにお話されるTMさんのお話を質問を入れながらじっとお聞きしていると、不思議な巡り合わせを感ぜずにはいられませんでした。
初診の先生や、今まさに診察を受けておられる精神科の先生のそのお二人とも、私が過去にいろいろとあったお医者様でした。

初診の医師は、ある患者さんを10年間も診察をしていても患者のことをしっかりと診てはいない先生でした。
患者に即した診断書を書いてくれず、再審査請求まで行かざる負えない羽目になってしまいました。
現在見ていただいている医師は、ある患者さんの診断書をお願いしに、アポまで取っていたにもかかわらず、門前払いを食わされてしまいました。
患者に「社労士に頼むのだったら診断書は書かない」と言い、結局その患者さんのためにも医師の機嫌を損ねない様にとご自分で請求してもらいました。
結局その患者さんはいまだに障害年金を取られていません。

TMさんにはそんなつらい思いをしてほしくなかったため、以前の轍を踏まないように、いろいろと策を練りました。
その甲斐あって、認定日から遡っての2級が獲得できました。
医師もいろんな方がおられます。
それぞれがみんな患者さんのことをいつも考えてくれているとは限りません。
でも、少なくとも、障害年金を取れる診断書を書いていただけるように頑張るのが私たちの役目です。
年末だからとか、障害年金が取れそうにないからとか、そんな理由でお断りするのなんてもってのほかです。
私も、もう一度気を引き締めないと、と改めて思いました。

疾病名:遅発性ジストニア

  • 相談者:KO(女性)のお父様
  • 年齢(相談時):20代
  • 認定結果:認定日から障害基礎年金2級
  • 住所:堺市

ご相談内容

娘が高校1年生の時に突然、部屋の中で笑い声がしたり、誰からか覗かれている、学校でも自分しか知らない事を言われたり、何も言ってないのにうるさいと言われるような気がして、学校に行けないと打ち明けられました。

近くの精神科で治療を開始しましたが、薬を服用した翌日は気分が良くなるのですが、向精神薬なので、素人考えで続けて服用してはいけないと思い中断した所、再発してしまいました。
治療を再開しましたが、いつもと違う薬を処方され服用し、夕方散歩中に歩けない、口の周辺が強張る等の症状が出て、帰ってから布団に横になったのですが、眠いのに瞼が閉じれない、体が硬直する等の症状が出て夜に急病センターに行きました。
専門医がいなかったため、沈静抗けれん剤を注射してもらい帰宅しましたが、一晩過ぎても良くならないので、診察を受けてる病院で注射をしてもらいどうにか小康状態になりました。

その後怖くてあの病院には行けないと言い出したので、今度はA病院に通院することになりました。
この間学校には車に自転車を積み送って行き、単位取得に必要な学科だけどうにか出席し、それ以外は保健室で下校時間まで過ごし、自転車に乗って帰宅する状態が卒業迄続きました。
A病院では1年治療してもらい良くなったので治療終了しますと診断され通院を止めたのですが、1ヶ月してから又以前の症状がぶり返したので、再度治療してもらうようになり、半年経っても良く成らないのでセカンドオピニオンでB病院を紹介してもらい転院しました。

B病院で治療を初めてから、目が上転する、体が震える等の症状が出たので伝えたのですが、薬に過敏な体質だと言われ薬を増減し様子を診る事になりました。
B病院に通院中に卒業し、本人は大学に行きたかったのですが学力が足りないので専門学校に行くようになりました。
しかしここでも統合失調症の症状が出て、授業が受けられず、早退したり、休んだりし学友と馴染めず辞める事になりました。

しばらく家で ぶらぶらし近くのコンビニに1年位アルバイトに行ったのですが、精神的に辛くなり続けることができませんでした。
その後短大の通信課程に籍を置いたのですが、この頃は体が痛くなり付随運動が出て、少ししか歩く事が出来なくなっていました。
大学も講習に行けなくなり1年程で通学を止め、籍だけ3年置きましたが無理と判断し退学しました。

その後家に居るようになり外部との関わりが無くなって、精神的には落ち着いた状態が続いており向精神薬は1種類半錠を朝だけ服用しコントロールされた状態です。
しかし向精神薬によるジストニアが発症し全身が痛い、付随運動が出る、体が曲がる等の症状がきつくほとんど何も出来ない状況です。
このため障害者手帳の申請を行い精神障害2級、身体障害5級を認定してもらいました。

本人は将来の事を心配し働きたいと言ってるのですが、無理な状態なので障害年金を私が自分で申請したのですが、ここで困った事が起こりました。
初診証明が取れないのです。
最初の病院は先生が亡くなり、一旦閉院し、子息が再開されたのですが当時のカルテが無く、2番目の病院は廃業していました。
区役所で担当者に相談した所、初診証明が取れなくても現在で申請しても出来るとの話で精神と、肢体障害で申請したのですが、不支給の通知が来ました。
理由は書いてありませんでした。

もうこれは自分では出来ないと感じネットでしらべた所、特定社労士オフイス西岡のサイトを見つけ早速電話し、今までの状況を説明し申請をお願いすることにしました。

西岡先生も初診証明が取れない、診断書の記載不備が有る等で相当難儀された様子でした。
結局依頼してから1年ほどかかってしまいましたが、肢体障害年金2級の支給通知が来ました。
精神の方は駄目でしたが娘も喜んでいます。
西岡先生の尽力に感謝します。
また2年後の診断書提出の時はお願いしようと思ってます。

KOさんのお父様からのご依頼でした。
ご自分で裁定請求されたのですが、不支給ということで、審査請求再裁定との同時進行で行くつもりでお話を進めていました。

統合失調症とその薬が原因の遅発性ジストニアという肢体が強ばったり勝手に動いたりする病気を発症されていました。
明らかに薬害です。

2つの病名で診断書を書いてもらいましたが、精神の医師は薬害の原因が自分ではないということをはっきりさせたいがための診断書のようで、こちらの意向には一向に沿っていただくことはできませんでした。
ただ、これからもその病院で治療を続けたいと願う受給者さんとお父様のためにも医師にこれ以上強いことは言えませんでした。

肢体の方の診断書も2度ほど書き換えをお願いし、いったんは提出した書類が初診日がおかしいということで返戻されてきたりと、かなりてこずらされました。
当職からの申立で、初診日に間違いがないことや、再裁定の理由などを付けて最初の書類提出のままで裁定してもらうように進めました。

結果は、精神では不支給となってしまいましたが、肢体の方では認定日から2級を獲得することができました。
当職としては、審査請求をしたかったのですが、お二人がこれ以上争いたくないというお考えであったため、このまま納得することになりました。
今回の事件では、医師の診断書の考え方にもいろいろあること、それをどう説明し理解してもらうかということの難儀さと大切さを改めて実感しました。

認定日からの2級、本当に良かったですね。
ただ、またいつでも改訂請求することができるので、その時はご相談ください。

疾病名:統合失調症・うつ病

  • 相談者:CK(女性)
  • 年齢(相談時):50代
  • 認定結果:認定日から障害基礎年金2級
  • 住所:池田市

ご相談内容

20歳の時に就活に失敗して以来、再就活でつらく苦しい思いをしました。
そのころから幻覚・幻聴症状が見られ泡を吹いて倒れたり、意識を失ったりしたため、精神科クリニックを受診しました。私の場合、仕事や人間関係がうまく保てず、就職してもすぐに契約を打ち切られたり、人間関係でもいやな目にあわされたり、いじめにあったりの繰り返しでした。
若ければ、困難にも負けないでファイトを出して頑張ることもできますが、50歳を過ぎると年齢的にも就活するには不利、職歴はパートばかりで正社員になるのは困難でした。
未だに幻覚・幻聴症状が現われ、これからの未来に不安を感じる毎日でした。
それをクリニックの先生に話したところ、「障害年金の申請をしましょう。社会保険労務士の西岡先生に連絡を取ってみてください」との助言をいただき、西岡先生を紹介してくださいました。

私は早速、西岡先生に電話をしました。
私は自分の暗い生い立ちを洗いざらい話しました。
子供の頃から物を言わないくらい子供だったことや、同級生にいじめられてばかりいて友達も少なかったことなど、嘘や隠し事もせず正直にすべてを話しました。
西岡先生の温かなお人柄があふれ出てくるような何かしらの安らぎを感じました。

申請にはたくさんの書類が必要で、特に申立書にはてこずりました。
自分で文章を考えて西岡先生に見ていただきました。
そして西岡先生からご指導、添削していただき完成しました。
書類が整ったそのあとのことはすべて西岡先生にお任せしました。

申請しても承認されない場合もあるとも聞き、少し不安でしたが万全を期してのことですし、クリニックの院長先生からの診断書と西岡先生の申立書など様々なご指導を信頼しました。

結果は、認定日にさかのぼって承認され2級でした。
これ程嬉しいことはございません。
西岡先生にお願いしてよかったと心から感謝しています。
西岡先生からこのようなお力添えをいただき嬉しい限りです。

今、障害年金を申請しようかといろいろと悩んでいる皆様、一人で悩んでいないで一度西岡先生に相談してみてください。
西岡先生は最善を成してくださいます。
こんなにも相談者のことを親身になって考えてくださる先生はどこを探してもいません。
自信を持って言えます。
聖書の言葉で「求めよ、さらば与えられん」とあります。
まず心のドアをノックしてみてください。
西岡先生ならば想像以上にお力になってくださいます。
末筆になりましたが、西岡先生本当にお世話になりありがとうございました。

CKさん、認定日からの2級良かったですね。
CKさんとお話していると、とても頭の良い方だということがわかります。
私と年も近いということもあり、将来の不安を少しでもなくすことができればと思って頑張りました。
申立書はかなり頑張って書いていただきましたが、今までの出来事を事細かく書かれていて、それをまとめるのに少してこずりました。
申立書は、相手が読むことを念頭に書かなければいけません。

病状に関することはどれだけ書いてもいいですが、それに付随することはできるだけ簡単にまとめ、読みやすくすることが相手の心に訴えることにもつながります。
担当医の病状に即した診断書と、頑張って書いた申立書が功を奏したことは言うまでもありません。

疾病名:摂食障害・うつ病

  • 相談者:YM(女性)
  • 年齢(相談時):20代
  • 認定結果:認定日から障害基礎年金2級
  • 住所:大阪市

ご相談内容

摂食障害と不眠で、通院するようになってから約10年が経ちました。
当時高校生だった私は、こんなにもつらい日々が長く続くとは思っていませんでした。
大学を中退し、就職はしたものの、体調不良のため休職を繰り返し、数年前、大好きだった仕事も辞めました。
仕事に就くという一般的には当たり前のことが、私には難しいということが受け入れられず、精神的にますます悪化していきました。

経済的にも自立したいのに出来ないことにも悩んでいました。
障害年金の受給を勧めてくれたのは母でした。
正直なところ、自分が受給できるのか、そして、してもいいものなのか、障害年金というものもよくわかりませんでした。
ただ、生きていると、やっぱりお金が必要です。
お金を得るためには仕事をしなくてはいけない。
短時間のアルバイトは何とかできるとしても、それすら、続けられる自信がない。
現状を考えると、障害年金の受給が私には必要でした。

そもそも、障害年金のことすらよく分からなかったので、一人では手続きの準備すら出来ませんでした。
母が西岡先生を探してきてくれましたが、すぐには決心がつかず、1年ほど経って自分で連絡を取りました。
病院まで一緒についてきていただき医者と面談してくれました。
たくさんの書類もすべて西岡先生にお任せしました。

その結果、遡って2級の障害年金を受給できることになり、経済的な不安は軽くなりました。
大変感謝しています。
ありがとうございました。

年金の制度について、私のように知らない方もたくさんいらっしゃると思います。
そんな方は、プロのお力を借りる方が、自分自身の負担も軽くなると思います。
是非とも、一度西岡先生にご相談してみてください。
きっと、道は開けると思います。

YMさん、障害年金2級獲得できて、本当に良かったです。
YMさんからご依頼があった1年ほど前に、先にお母様からご相談を受けていました。
すぐにYMさんからご連絡があると思ってお待ちしていたのですが、結局1年経ってから決心がつかれたようで、メールが届きました。

お逢いすると、スレンダーなかわいいお嬢さんでした。
本来ならしっかりしてお仕事もきっとテキパキとされる方なんだろうと想像できました。
でも、その時はか細い声で繊細そうな感じがして、どうにかして助けてあげたいと思ったものです。

20歳前障害の唯一の障害である初診証明も、10年以上前であるにもかかわらず、カルテが残っていて飛び上るほど驚きました。
申立書を何度も書き換えていただき、認定日と現症の医師に面談して診断書をお願いしました。
診断書も2度ほど訂正いただきました。
これはやはりご自分では無理なことだと思います。

医師が書かれた診断書を書き換えてもらうなどとは考えることはないでしょう。
これは間に入った代理人である社労士だからこそできることです。
障害年金のことを医師よりも熟知しているからこそできることなのです。

診断書の訂正や、申立書の書き換え、日付の訂正など、ご依頼から書類提出まで半年近くかかりましたが、しっかりお書きいただいた申立書が医師の気持ちを変え、現状を知ってもらうきっかけになったと思っています。
無理せずに、きちんと治療して少しでもお仕事ができるように願っています。

疾病名:うつ病

  • 相談者:HIさん(男性)
  •  
  • 認定結果:認定日から障害基礎年金2級
  • 住所:大阪市

ご相談内容

今回、私が西岡先生にお世話になったのは、精神科の医師から西岡先生を紹介されたためでした。
かつて、私は亡くなった母の障害基礎年金の申請をして、無事に成功したことがあったので、今回も、・・・と思っていましたが、精神科の医師は、「障害年金はそんなに甘いものではありませんよ。社会保険労務士の先生の連絡先を紹介しますので、そちらへお電話下さい。」と仰いました。
その後、私は西岡先生に色々とお世話になったのですが、最も苦労したのは「申立書」でした。
私の認識が甘かったこともあり、西岡先生から厳しいご指導を受けました。
私は西岡先生のご指導どおりに「申立書」を書くべく、かなり努力しました。
私は「申立書」が障害基礎年金申請に際して、かなり重要な意味を持っているとは思ってもいませんでした。
そして、私は国に対して自分の状態をいかにして伝えるか、ということに腐心しました。その過程で、西岡先生からかなり色々とご指導をいただきました。
あの時は、自分の過去を思い出すなどでかなり苦しかったこともありましたが、今思うと本当に有り難い限りです。
これらの「申立書」を全て記入し、西岡先生に添削していただいた後、診断書なども添えて2月上旬に西岡先生に申請してもらったのですが、私は正直なところ自信がありませんでした。
本当に通るのか、と、夜もまともに眠れない日が続きました。
その後、4月上旬に「国民年金証書」が来たのですが、なんと、20歳当時からさかのぼって年金を受給できる、となっていました。
これには本当に驚きました。
よく頑張っても「事後重症」で申請日からの支給かな、と思っていたため、本当に嬉しくて仕方がありませんでした。
西岡先生には本当に感謝しております。
これまで私は、何度か年金事務所に行っても、いわゆる「水際作戦」をやられ、なかなか申請できなかったのですが、今回西岡先生のお力添えもあり、最高の結果に至りました。
西岡先生には本当に感謝しております。
もし私の力だけで申請をしたら、・・・と思うとぞっとします。
西岡先生にはどのように御礼申し上げれば良いのかわかりません。
本当にありがとうございました。
今回の障害基礎年金は3年の更新制ですので、次の更新時も是非西岡先生にお願いするつもりでおります。
ある歌の歌詞に、「努力したらHappy Come!」というものがありますが、よく言ったものです。
西岡先生と一緒に努力すれば、どんな困難も乗り越えられるので、皆様、是非西岡先生と一緒に努力して、障害年金を獲得しましょう!

HIさんは、いつもお世話になっている精神科の先生からのご紹介でした。
「発達障害」に「うつ病」を併発されていて、いつも不安を抱えておられました。
「発達障害」の方に多い、とても丁寧な言葉で話されるものの子供の頃のことはできるだけ思い出したくないということでした。
それでも「申立書」を書くためには必要であり、とても重要な部分ですので、あえて厳しい口調でお話させていただきました。
HIさんは、こちらの意向を理解して頑張っていただきました。
精神科の先生も昔の出来事をあまりご存じではなかったようでしたが、「申立書」を読んでいただき、症状に即したとてもいい診断書をお書きいただくことができました。
お医者様の中には患者さんの過去や発症に至った経緯を確認せずに、診断書を書く方がおられます。
特に、「精神」を患っておられる方にはとても重要なことなのに、その大事な部分を調べずに書かれた診断書が症状に即しているとは思えません。
今回は、5年さかのぼって認定されました。
精神科の先生の書かれた「診断書」とがんばって書いた「申立書」のおかけであることは言うまでもありません。
結果も早く出て2級獲得、本当に良かったですね。

疾病名:うつ病

  • 相談者:MO(女性)
  • 年齢(相談時):30代
  • 認定結果:認定日から障害基礎年金2級
  • 住所:大阪市

ご相談内容

当時、会社に勤めていたのですが会社での人間関係の悩みや人事異動、家庭でのいろんな出来事に加え出産も重なって、気分が落ち込み、うつ病と不眠症を患いました。
死ぬことまで考えたこともあり、精神科のクリニックに通院して5年が経った頃、クリニックの先生から西岡先生をご紹介いただき、障害年金の請求をお願いすることにしました。

私の場合、うつ病ながらも認定日に会社にまだ勤めていたこともあって最初の裁定請求では認定日では不支給、現在の状態では障害厚生年金3級と判断が下ってしまいました。
認定日も仕事をしていたという事実があるので不支給でも仕方がないと考えたこともありましたが、西岡先生は私の気持ちをきちんと聞いてくださり、諦めずに審査請求をしてくださって、結果的に認定日まで4年遡って障害厚生年金2級を取得することができました。
もちろん現在の症状でも2級を取ることができました。

西岡先生のお力がなかったら私は障害厚生年金3級というところで諦めていたかもしれません。
本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
毎日苦しい病気と闘っている方々、一度、西岡先生にご相談してみてください。
きっとなにかが変わると思います。
西岡先生、本当にありがとうございました。
更新時にはお世話になるかとおもいますがその時は宜しくお願い致します。

MOさん、2級獲得本当に良かったです。
懇意にさせていただいているクリニックの先生からのご紹介で、子供さんも生まれ、かなり苦しい状況に置かれておられることや、医師の書かれた診断書の内容、ご自身での申立書を拝見して、これで3級はどうしても納得のいかないものでした。
当然、「審査請求」するつもりでいましたが、お決めになるのはご本人です。
しっかりとお気持ちを確認して、医師の協力のもと「審査請求」に挑みました。
医師に書いていただいた「意見書」に社労士の「申立書」を付けて、何重にも壁を作って崩れないようにしました。

審査請求」には至らず、裁定請求での処分決定が下り、見事認定日からの2級を獲得することができました。
やはり、あきらめないことが道を作るものだということを再認識させていただきました。

疾病名:うつ病

  • 相談者:TSさん(男性)
  •  
  • 認定結果:認定日から障害基礎年金2級
  • 住所:大阪市

ご相談内容

勤めていた会社の産業医からうつ病と言われ、精神科のクリニックへ通い始めました。
うつ病になり3年が経ち、心臓の持病で入院しているときでした、その病院の医師から、西岡先生を紹介され、先生に全てお任せし、障害厚生年金2級を取得しました。

うつ病で働けなくなって、いろいろな事から自信を持てなくなり、仕事も2度は決まったのですが、2度共に緊張と不安で、1ヶ月程度で行けなくなりました。
自分に自信が持てなくなって、3年間はひどいものでしたが、西岡先生のおかげで、今では就労支援制度を活用し、ゆっくりと勉学やパソコンの基礎基本を学びなおし、自分に自信を付けていっております。
本当にありがとうございました。

また、西岡先生みたいに人のお役に立てる仕事がしたいと思い、社会保険労務士の資格取得にも目指しており、来年受験します。

最近は、やっと日常生活にも慣れ、就労支援制度を活用し、これから再び専門学校に通い、社労士を目指します。
自分自身、障害者ということもあり、会社に属すと人事部、就職斡旋所等で障がい者の支援をして行きたいと決めました。
でも、急がずゆっくりと身体が第一です。
本当にありがとうございました。
また、来年の更新の時はお願い致します。

TSさんは、珍しい心臓の病をお持ちで、おまけに「うつ症状」を発症されていました。
初めはお母様が対応されておられましたが、ペーシングをやり直すために病院に入院されたため、ご紹介いただいた先生とも連携を取りながら、心臓の病にも気をもみながら携帯電話でのやり取りがご本人と続きました。

幸いにも、心臓の再手術がうまくいき、私はその両方で障害年金の取得をと考えておりましたが、ご本人の「精神だけで進めてほしい」とのたってのご希望で、「うつ病」のみで申請することとなりました。

TSさんの場合は、初めからずっと同じ病院で治療を受けられていたので、それほどの困難もなかったのですが、診断書と申立書の記載には、かなり神経を使いました。

認定日からの2級が認められて本当に良かったです。
ただ、有期請求が1年と短いので、またすぐに診断書の提出が求められます。
気が休まることがないかもしれませんが、真剣にご自分の将来を考えられていることは、ご病気を改善させるとてもいい兆候だと思います。

社労士に合格し、官報に名前が載っているところを想像してください。
あせらず、気負わず、周りを気にせず、マイペースで頑張ってください。

疾病名:てんかん

  • 相談者:W(男性)
  • 年齢(相談時):40代
  • 認定結果:障害基礎年金2級
  • 住所:堺市

ご相談内容

私はテンカンが原因で何度か会社をクビになった事があり、本当に助けて頂きました。
まさか面接でテンカンなどとは言えませんし(落ちる気なら言えますが)。

初めは自分で提出することを考えたのですが、通院している病院の先生から、社労士の西岡先生を紹介してもらいました。
西岡先生とは、一度お会いしていろいろ話を聞いてもらいました。
先生からいろいろと指示をしてもらい自分でできることはしたつもりですが、申請書類が一番難しかったです。
一度試しに、書類を書いてメールで送り、それを先生に確認してもらい、もう一度今度は先生が電話でこうですかああですかと質問してくれました。
自分の症状を、短い作文をいくつか書きましたが、これが大事だそうです。
最終的には、先生がまとめてくれて、清書までしてくれました。
先生が作られたもので、自己診断もしました。

診断書は、一番大事なものだそうですが、病院の先生と面談もしてくれました。
多分自分で書類を出したなら、こんな結果にはならなかったと思います。
感謝しています。ありがとうございました。

Wさんは、ある患者さんをきっかけにお知り合いになった精神科の先生からのご紹介でした。
てんかんをお持ちで、仕事をするのにも制限があり、なかなか長続きしないこと、またそれを隠して就職はさせたくないとの精神科の先生のお気持ちに共感し、何とか障害年金を受給できないものかといろいろと調べ、工夫したものです。

てんかんは、なかなか認知してもらえない病状で、障害年金も取りにくいといわれています。
子供のころからの病気ですので、当然20前障害になるのですが、その初診日の証明が取りにくいことが原因しています。
Wさんの場合も、高校生の頃救急搬送された病院ではカルテが取れませんでしたが、いろいろと辿って行き、何とか証明が取れた時には「よっしゃー」と叫んだものでした。
そのあとも、それを証明するのは簡単ではありませんでしたが、いろんな壁を乗り越えて、2級獲得本当に良かったです。

疾病名:広汎性発達障害

  • 相談者:MN(女性)
  • 年齢(相談時):40代
  • 認定結果:障害厚生年金2級
  • 住所:大阪市

ご相談内容

発症時、不詳。
精神科に通院しはじめて約5年。
症状は、悪化。社会と離れていくようになりました。
すがる思いで自分なりに「障害厚生年金請求書」を提出。
5ヶ月後「初診日を確認することができないため」との理由で却下通知。
覚悟はしていましたが、絶望感と不安感でどうしようもなくなりました。
悩んだ末、市の「障害者生活支援センター」に相談。
支援員の方に「審査請求」があるということを教えていただきました。
思い切って、「障害年金支援ネットワーク」に問い合わせしました。

却下理由からみて「受理」される可能性もあります。
審査請求」を考えてみてはどうかとアドバイスして下さり、社労士の西岡三也子先生をご紹介いただきました。
人と会って話すことが苦痛な私にとって、不安だけが残りました。
その時は、正直「審査請求」について、考える余裕がありませんでした。

お会いしますと、先生は、提出した書類に目を通し、経緯を詳しくお聞きになりました。
そして、どのような形で「審査請求」をすすめていくのか丁寧にご説明下さいました。
最後に、決して無理強いせず、よく考えてご自分で決めて下さい。とおっしゃいました。
そんな先生のお人柄にふれて、すべてお任せしようと決心しました。

私の場合、主治医の先生が死去、廃院していたため初診日の確認を取ることができませんでした。
西岡先生は、故人・主治医の先生の奥様に連絡を取って下さいました。
意志が固く、かたくなな奥様に時間をかけてコンタクトをとっていただき、面会までして、カルテの写しばかりか奥様の直筆の証明までいただいて下さいました。
また、不安定な私が作成、提出した「年金請求書」です。
不備な所がありました。
先生は、その時の私の状況等くわしく聞いて、正して下さいました。
一つの落ち度もなく、徹底的に事を進めて、完璧に出来る事すべてをしてくださいました。

4ヶ月後、初診日の確認が出来たことで「処分決定の変更」通知があり、その後「2級受給の決定」通知が届きました。
夢をみているようでした。
この病と向き合ってから初めて、本当に本当に安らかな気持ちになりました。
精神的な病の私にとって先生が、うまく距離をおいて、同じ目線で対応してくださった広いお心に救われました。
ただ、ただ深謝のかぎりです。
これからも西岡先生のお力添えを頂きたい、頂けることを切に願っています。

初めてお会いしたとき、「この人は本当に障害者なのだろうか?」と思えるほど、物静かで、かわいい普通のお嬢さんでした。
でも、見た目ではわからない不安を抱え、毎日を過ごされていることをお聞きするうちに、何とかお力になりたいと強く思いました。

初診の病院が先生の死亡とともに廃院となり、証明を取ることができずに棄却されたことは、ゆっくりと話される丁寧な言葉からはっきりと知ることができました。
奥様が一人残されて、カルテなどを保管されていることが分かった時は、飛び上るほどにうれしかったものです。
ただ、かたくなな奥様のお気持ちを解きほぐすのは困難でしたが、時間をかけて丁寧にお願いすることで通じるものがあったことは、奥様からの自筆の証明が明らかにしてくれました。

何度もあきらめずに、こちらの気持ちを伝えることの大切さを教えていただきました。
2級獲得本当に良かったですね。

疾病名:子どもの頃の交通事故が原因で人工関節に

  • 相談者:JI(女性)
  • 年齢(相談時):50代
  • 認定結果:再審査請求中
  • 住所:宝塚市

ご相談内容

子供のころの交通事故が原因で、足を骨折し障害が残りました。
この歳になって人工関節を付けることになり、障害年金請求をすることにしました。
裁定請求審査請求と自分でかなり頑張ってやったつもりです。
でも結局、40年も前の事故であり、病院もなくなり、証明してくれる人もなく、初診日を証明できないということですべてを棄却されてしまいました。

特に審査請求は、1年もかけて高校時代の友人の証明や、当時の事故でかかわった警察や消防署などにも掛け合いましたが、保存年限が過ぎているということで証明してもらえませんでした。
それでも自分で申立書を書き提出したのですが、結局棄却されてしまいました。

最後の決断で、再審査請求をインターネットで調べた西岡先生にお願いすることにしました。
先生は「まず出されたものを全て見せてください」といわれ、自分で書いた申立書や返ってきた棄却書類を先生に見ていただきました。
「これをご自分でされたのですか?」と尋ねられ、1年も掛かってしまったことを伝えると、「無駄にしないよう、最後にもう一度頑張りましょう」といってくださいました。

実際、再審査請求までの道のりもとても長いものでした。
再開発のための立ち退きで、証明してもらえる人はだれ一人いず、病院すらなくなっているのですから…。
西岡先生は、私の話をじっくりと聞いてくださり、障害手帳の診断書を書いてくれた、障害者の支援センターへ連絡をしてくれました。
非協力的な支援センターへ先生は、何度も訪ねてくださり、相談したことの史実がわかる書類をなくしてしまったいきさつなどを証明してもらえるように、いろいろと手を尽くしてくれました。

おかげで、支援センターのセンター長の証明入りの文章を書いてもらえることになり、それを携えて、東京の厚生労働省まで行っていただきました。
公開審理では、先生がいろんな方面から攻めていただき、結果その当時の診断書から、初診日が二十歳前であることの証明ができるという審理官のご意見をもらったそうです。
まだ、結果は出ていませんが、初診証明が取れたことで、次のステップに進む道しるべができたと思っています。

JIさんからのお電話で今までのいきさつをお聞きし、提出されたコピーを拝見させていただき、とても驚いたものです。
素人の方が書いたとは思えないほど、仔細に書かれてあり、当時の事故の状況を証明するために、警察や消防署での救急車の出動記録まであたっておられました。
ただ、残念なことにすべてが、40年も前のことですでに記録としての保存年限が過ぎており、どこにも残っていなかったこと。

裁定請求をするのには事実としての証拠が揃っていないとほとんどが棄却されてしまいます。
その証拠とされるものも、かなり信憑性の高いものでなくてはなりません。
そこでいろんなところから攻めてみなくてはならなくなり、本当に長い時間かかってしまいました。
最終的には、20歳前の障害手帳の診断書記録と支援センター長の証明で20前障害の認定を受けることができました。

現況では、等級に届かないかもしれませんが、次のステップへの足掛かりになったことは間違いありません。
どんなものでもあきらめないこと、とてもいい勉強をさせていただきました。

疾病名:うつ病

  • 相談者:N(男性)の妻
  • 年齢(相談時):40代
  • 認定結果:障害厚生年金2級
  • 住所:大阪市

ご相談内容

主人がうつ病になり、かなりの月日(10年ほど)が経っていました。
障害年金のことを知り夫の代わりに私が自分で手続きをしました。
その結果3級の障害年金をいただける事になりましたが、本当に3級だろうかという疑問が夫婦ともにかなりありました。
でも3級の障害年金の手続きは私にとっては、仕事しながらでもあるのでかなり大変なもので時間と労力ともに正直お手上げ状態でした。

審査請求も夫になり替わって自分で手続きしましたが、結局却下されてしまいました。
そのため、2級への再審査請求をあきらめて手続きはせずにいました。
そんな時、インターネットで西岡先生のホームページを拝見し、なんだか救われた気がしました。
再審査請求の期限まで、あと1か月しか残されていませんでした。

実際、西岡先生にお会いしてこれまでの経緯やいろいろ疑問に思っていることなどをお話しましたが、本当に親身になって聞いていただき、先生のこれまでの経験上主人は2級を取れる可能性があること、力になりたいとお言葉をいただき、もう一歩前に進めるのではないかと思いました。
いろんな方向から、書類を作成していただき、何度もお逢いして話を聞いていただき、東京の厚生労働省までで行っていただき、そして今春より2級の障害年金をいただけるようになりました。

また、うつ病発症時から長い間治療を続けていた心療内科を転院する決心を後押しいただいたのも西岡先生です。
ずっと病状もよくならず、患者さんが多すぎて診察を早く終わらせようとする態度がみえみえだったのでこの病院で治療を続けていいのかと考えていたところ、西岡先生からのアドバイスを機に転院する決心をしました。
転院当時、主人はかなり不安そうでしたが、今では積極的に通院し、主人に合ったいい先生に巡り合い治療に励んでいます。

まだまだ私にはしなければいけないことがたくさんありますが、主人が安心して治療に励む事ができるようになり、あきらめずに西岡先生にお願いして、本当に良かったと思っています。

Nさん、2級が獲得できて本当に良かったです。
長い時間かかってしまったこと、本当に悔しくて、残念でなりません。
病院を変え、「額の改定」でやっと2級と認められたこと、本当にうれしく思っています。
3年ごとに調査が入るので、次の時も気を抜かないでくださいね。

疾病名:化学物質過敏症

  • 相談者:F(女性)
  • 年齢(相談時):30代
  • 認定結果:障害厚生年金2級
  • 住所:兵庫県

ご相談内容

私は最初にネット検索をして、西岡先生のホームページを見つけました。
そして、帰省の際面談して頂いて、ゆっくりお話を聞いていただきました。
疑問点が晴れたので、西岡先生へ改めて依頼させて頂きました。
特に女性は、女性同士なので相談しやすいこともあるかと思います。

初診から一年半後の認定日診断の頃は、体調が苦しいにも関わらず、なんとか会社へ通勤していた状態でしたので、障害年金が認定されるのかさえも不安でした。
ただ、西岡先生に相談させて頂いたときには、体調の悪化で勤務できる状態ではなく、会社を休職しており、復帰や転職の見込みはありませんでした。

そして、西岡先生のご指導で現在の病状を申立書という形で書くよう勧められ、追加して、年金事務所へ書類を提出して頂きました。
病院の担当医にも、いろいろ細かく注文してくださり、それにより認定日請求の時点では、障害等級3級の通知を頂きました。
追ってすぐに、現況を鑑みて、障害の等級が重くなったと認められ、更に障害等級2級の通知も頂きました。

この「化学物質過敏症」は、発症後の回復が難しい病気だと言われていることから、今後の生活に対して不安が一杯でしたが、西岡先生を信じてすべてお願いし、障害の状態に応じた年金決定を頂いたことにより、治療に専念することが出来ます。
何もわからない個人で対応するよりも専門家に依頼して、状況に応じたご指導が頂けましたので、西岡先生に相談させて頂いて良かったと感謝しております。
病気等で不安を感じられている方は、先ずご相談だけでも行ってから、依頼するかご検討されてはいかがかと思われます。

横浜から帰省の折にわざわざ大阪に立ち寄ってくださり、お話を伺って、毎日大変な暮らしをされていることを知り、どうにかお力になりたいと強く感じました。
認定日3級、現況2級と、私にとっては不本意な等級でしたが、Fさんが納得され、審査請求に至らず早く収着できたことはよかったのかもしれません。

全てはご自分がお決めになることです。
私はそのほんの小さなお手伝いをさせていただいているにすぎません。
2級獲得、本当に良かったです。

©ON障害年金サポート相談センター

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